先日 当社の2016年度業績発表と
2017年度事業計画発表が専務より報告

深夜まで遅く去年の会社の営業成績 及び 分析
そして 今年度の目標などを決めて。

一つ一つ わかりやすく社員全員に説明

会社の昨年度の顧客の価格別、リフォーム内容、顧客の分野
そして 契約、粗利益、など等 分析 それを踏まえて 各個人
及び今年度の目標等を話した。

我が社は全ての事を全員で共有 そして解決します。

深夜遅くまで

さあ、今年もお客さまの笑顔を目指して頑張りましょう

この堂々たる顔 誰かな
仕事始めに会社に挨拶に
顔つきがネクタイした大人と違います。
職人としての技術への誇りが彼らの様子からわかります。
実は 我が友であるベテランの職人

それぞれの分野での職人の親方がわざわざ挨拶に来社
当然 建築の世界は膝を合わせて 宴会が、、、

彼らと共に お客さまの現場を完成致します。
彼らの力がなければ仕事が出来ません

お酒が入り始めれば 御覧のように

無口な大工の岡田棟梁も 笑顔が
現場では仕事中心で難しい顔をしてますが
ニッコリ、、、

うれしいですね
彼らは会社の宝物
さあ、 彼らとともに今年も頑張りましょう
現場に行く途中
デパートの入り口に人だかり ガヤガヤ、、、、
なんだろう

エッ、
くまモンだ
大好きなくまモンだ

感動 デパートメント
小田急デパートのイベント
1時からのくまモンが登場
今は 12時30分
皆さん 待ってるんですね
当然 小生も、、、、

そして登場ですぞ
ワアイ、ワアアイ
小生の「くまモンー」の呼びかけが聞こえたかな

大きいいね 舞台をアチラコチラに飛び跳ねて
大変だね
子どもたちと一緒に記念写真、、
小生もお願いしようかな、、、と考えてたら
小さな子どもたちの順番の列が多すぎて 諦めました。

初めて見る 本物のくまモン
日本全国 あちらこちらから声が掛かって忙しんですね
是非 日本中に笑顔を

くまモン 頑張ってね
またまた タイムスリップの町を
ここは津和野

其の町の一角に 教会が

其の内部は なんと 畳です。
日本人用に考えた教会の礼拝場ですね
信者の人が畳に座り イエスに祈った姿が目の前に浮かびます。

そして津和野といえば昔の住宅街の前の水路で 色鮮やかな鯉が泳いでます。
昔 食料が足りなくなった時 食べるための鯉が今や観光用に人気


昔の大老の門構え

上官が見つけたのが こちら

早速 パクリ
味はどうですか

そして 旅行の最終地へ
原爆ドームが青空の下にクッキリ
今から72年前の広島の上空に原子爆弾が落とされた
朝時の一日の始まりの平和な時間があっという間に悲惨な
阿鼻叫喚の地獄図が、、、

一瞬の時間の流れに 何十万の命が消えた。
何を訴えるために残ってる 原爆ドームの姿


平和を祈る 折り鶴が 世界各国から人により 折られてる。

黙とう
朝からの時間の決まった行動に体がギーギー
次の目的地は
津和野の城下町 昔の城下町の落ちついた雰囲気が

この住まいは


何処かで見た顔をですね


この写真は明治維新に撮られた

幕末から明治維新に活躍した木戸

さすが城下町の風情が
タイムスリップすれば刀を身に着けた侍が当時の混乱した時代の中で必死に活躍する姿が浮かびますね

そして今回の旅行の目玉の

次は吉田松陰の松下村塾へ
【 生涯 】 ⇒ 名言へスキップ1830年、長州藩士の次男として生まれる。幼少から叔父が開いた松下村塾で指導を受ける。11歳の時、藩主への御前講義によりその才能が認められる。
1850年、西洋兵学を学ぶために九州に遊学。その後、江戸に出て佐久間象山に師事。吉田松陰は、友人と東北旅行を計画するが、出発日の約束を守るため、長州藩の通行手形の発行を待たず脱藩。1852年、江戸に帰着後、罪に問われて士籍剥奪・世禄没収の処分を受ける。
1853年、ペリーの浦賀来航を視察し、西洋の先進文明に心を打たれて外国留学を決意。長崎に寄港していたロシア軍艦に乗り込もうとするも失敗。1854年にペリーが再航した際には伊豆下田港に停泊中のポーハタン号へ赴き、密航を訴えるが拒否される。吉田松陰は、自首し、長州へ檻送され幽囚される。
1855年に出獄を許され幽閉処分となる。1857年に叔父の松下村塾の名を引き継ぎ、松下村塾を開塾。そこで久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋などを教育する。
1858年、幕府が無勅許で日米修好通商条約を締結したことを知って激怒。討幕を表明して老中の暗殺を計画する。弟子らは反対して同調しなかったため計画は頓挫。さらに、松陰は幕府が日本最大の障害になっていると批判し、倒幕を持ちかける。結果、松陰は捕らえられ幽囚。
その後、井伊直弼による安政の大獄が始まると、江戸の伝馬町牢屋敷に送られる。松陰は尋問に際し老中暗殺計画の詳細を自供し、自身を「死罪」にするのが妥当だと主張。井伊の逆鱗に触れ、1859年に斬刑に処された。享年29
歴史の本にでてきた人物が開いた塾

この住まいで学んだ人物が明治維新に多数活躍


境内の中に吉田松陰歴史館を見学
彼の生まれた故郷

勉学を学ぶ姿

当時の城主の前で勉学を教える姿

やがて 攘夷、鎖国で日本中が別れそれぞれの思惑で
混乱の世の中
当然 吉田松陰も其の混乱に巻き込まれ 其の中で塾を開き
多くの塾生が学び 明治の維新に活躍した。

やがて その混乱に巻き込まれ 捕らえられる。

家族との別れ


江戸の伝馬牢へ

そして 死罪の日を迎える

境内の中での
吉田松陰歴史館 彼への評価は歴史学者でも分かれてますが
今の時代でも多くの観光客が足を運び 彼の足跡を知り
動乱の時代に活躍した彼を知り 日本の国を考えてくれればいいですね
勉強になりました。
だんだん小さな文字が見えにくくなってますので展示館で
時代ごとの吉田松陰を見れるのは嬉しいです。

江戸末期の幕末の時代 徳川時代から次の時代の波が
欧米列国の鎖国から開国への圧力を受け それぞれの人物が
国のため、必死に活躍した時代です。
国を憂う心が明日への日本に向かって進んだ時代です。
また 現在の日本を築き上げた動乱の一時代です。
いよいよ タイムスリップで地下へ
その前に秋吉台とはネットで調べました
秋芳洞|秋吉台
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秋吉台の地下100m、その南麓に開口する日本屈指の大鍾乳洞「秋芳洞(あきよしどう)」は大正15年昭和天皇が皇太子の御時、本洞を御探勝になり、この名前を賜ったものです。
ひんやりと肌をさす冷気漂う杉木立を通り抜けると、秋芳洞の入口です。洞内からの水は三段の滝となり、飛沫を舞い上げながらコバルトブルーの川面へと流れ落ちています。
洞内の観光コースは約1km(総延長8.9km)、温度は四季を通じて17℃で一定し、夏涼しく冬は温かく、ご年配の方やお子さまにも快適に探勝できます。
時間が凍結したような不思議な自然の造形の数々は変化に富み、私たちの心に大きな感動を呼び起こさせてくれます。

そんな鍾乳洞の中はそれほど寒くなく 暗闇を明かりを目当て
足元を気にしながら歩いてるといつの間にか汗が
空間ごとに色々な名前が付いてます。

ガイドさんの説明より足元が不安で名前を忘れました。



どこからか地下水が湧き出し鍾乳洞の中に川が
この先が出口です。
地上の明かりが眩しいですね
時間にして1時間の見学コース


暗い中での小生の足元を気遣ってくれた上官に敬礼です。

ありがとう御座いました。
次は何処の観光かな、、、
ツアーは便利ですが時間に追われて 少しずつつ疲れてきました。
錦帯橋の次は天満宮へ
学問の神様、菅原道真公を祀った神社で、京都の北野天満宮福岡の太宰府天満宮と共に日本三天神と称せられています。道真公は九州への西下の途中、防府に立ち寄りすっかりこの地が気に入り、自分が死んだら魂となって帰ってくると約束します。九州で公が亡くなった翌年(904)に、国司がこの地に松崎の社を建立し公を祀ったと伝えられ、日本で最初の天満宮として創建されたといわれています。
2月には、公が愛した梅の花が境内に見事に咲き誇り、梅まつりが開催されます。また、四季折々に多彩な祭事が催され、多くの参拝客であふれます。
酉年にちなんで 境内には

すごいね
天高く作られた木造彫刻
親子の鶏が 今年の運勢を占うように元気に青空の下に

色鮮やかな御社が

早速、、、

購入
この年になると 御札、縁起物等 ついつい 購入

そして 菅原道真公といえば 牛ですね
痛い場所を撫ぜれば 医者いらずと聞けば 早速
何処をなぜようか
ごめんね 牛さん

腰、肩、足 それでは全部
牛さん ごめんなさい この際 全部 痛いところを牛さんに
移して 撫ぜました。

さあ 道真公への参拝が終わったら
次は 何処かな、、
ツアーですので バスに乗って 次から次へと
小生の頭の中は覚えることは諦め バスガイドさんの声を
上の空で 眠気がだんだん
そして 到着
境内には5重の塔がクッキリと 日本の風景ですね
お正月らしい、

このお寺は、、、
とにかく記念写真を なんだか 一生懸命に説明してくれる
ガイドさんに悪いね
そんな小生の様子に 上官はこまめにメモを取ってます。
あとで説明してね


五重の塔をバックに



この観光名所の入り口ですが

そして 次の場所へと バスは
この場所は覚えてます。
その場所の前で犬と一緒に旅行してる人と偶然で会いました。
車で10日 一緒に旅行 すごいね
可愛いくて 可愛くて 何処に行くのも一緒
小生たちの足元に寄ってきて 横になりお腹を見せ初めた。
「気にいった人にはお腹を見せて撫ぜてもらうのですよ」との飼い主さんの言葉に 上官はすぐに、、、、
亡くなったゲンの姿とダブったのでしょう。
早速、、、犬も気持ちよさそうに

次は 秋吉台です。
さあ これから地下へタイムスリップへのスタート


夕食後 ホテルの前から船が
船先にドラゴンが
さあー、出発だ

暗い海の上に浮かぶライトアップされた鳥居が目の前に
この下を船が通過しながら参拝
波、風が強いときは船が出すことは出来ない
今日は 最高の

神様 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

上官も、、、、

海上にポッカリと浮かぶライトアップされた鳥居
八〇〇年前 当時の宮島が自然崇拝の海の守り神として
多くの参拝者が全国から、、
それから八〇〇年
当時の人はどのような気持ちで参拝したのでしょうか
そんな事を考えながら
歴史の重みに感謝。
人の命は儚くても 人の神に対する信仰心は歴史と共に
永遠に続きますね



寒さはいつの間にか 何処かに、、
去りゆく鳥居の姿が何故か神々しく目に焼き付き
すべてに感謝の気持ちが浮かんできた。
ここは東京駅のプラットホーム
午前7時
新幹線に乗車前に 腹は減っては戦が出来ないと
お弁当を

乗車率100パーセント

お弁当はいつものご当地グルメ弁当
1000円なり

到着したのは
広島の宮島入り口
記念で一枚

パチリ

行き先は
TVでおなじみの
宮島の厳島神社 日本三景の一つで 古代から自然崇拝の島々
其の中で 海の守り神として平安時代には平清盛が保護
はじめて見る朱色の鳥居
右と左の柱の大きさが違います
また 海の中に倒れずに立ってるなんて不思議ですね
あとで ガイドさんから説明がありますので愉しみにしましょう

海の中に浮かぶ朱色の神社

団体の案内のガイドではありません
この後連れて行かれるお土産屋のおばちゃんです。
世の中の仕組みですね

上官と一緒に

広島のしゃもじに
健康全力の文字を
お願いしました。

参道ではお土産屋さんのオンパレード

今回のツアーの楽しみの一つに
夜のクルーズイング 何と 船であの鳥居の下をくぐり
参拝するのです。
今から ドキドキ