8月6日 広島に、、、そして3日後に長崎に

昨日は広島に原子爆弾が投下された日

8時15分   一瞬で14万人がなくなり、其の3日に後 長崎に原子爆弾が、、、7万人が、、、

合計21万の一般市民が亡くなった。

その悲惨な光景は写真、映画などで脳裏に焼き付き、戦後 多くの人が放射能の後遺症で苦しみ 人生が狂ってしまった。

そのアメリカと今では同盟関係を結び、今日の日本の礎を築いてるが、戦争末期にアメリカが一般市民が居住してる

都心に原子爆弾を落とし、それも数日の間に、、、、その事実を忘れないことで有る。

世界で日本だけが原子爆弾被爆国である。しかし、其の体験からにじみ出る言葉は有るときは重く、ある時は危うい。

戦後の日本人の国家感は恐ろしく水面に浮く葉のように危うく、ただただ風まかせに漂うだけである。

国と個人、国と日本人、国と日本  などなど、全ての関係に置いて新たに問われるだろう。

目をつぶり、流れに任せ、生きることは 戦争で亡くなった多くの御霊の心にどのように写るだろうか。

国が存在するためには 我々1人ずつがこの国に存在する使命を考えて、戦後の無責任な民主主義、及び、個人主義を

変えなければならない。

国が国として存在するためには、再度 日本人の国家に対する思想、歴史から学ぶ歴代の人々の考えなどを学ばなければ

ならない。

 

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