彼と妻の出会いは彼が飛行訓練に行った福岡である。母親の遠い親戚が妻、朝子で、
年は彼より二つ上、当時、徹夫二一歳、妻二三歳。
結婚まもなく、彼に満州への出征命令により、妻を故郷に置いて一人で戦地へ。
昭和二〇年、朝子が本土空襲で日本が危険な中、ただ一人で青森から汽車、船を乗り継いで
挑戦、そして満州へ。当時の彼の上官から徹夫に家族を呼び寄せていいとの許可が出たのである。
ようやく、二人だけの新婚生活が始まったがしかし戦況はますます悪化。
そしてポッダム宣言を受諾。
解体された関東軍、姿が見えない関東軍、。残された満州開拓団。
忍び寄るソビエトの軍隊。
彼らを守る関東軍の姿が見えない中で、多くの日本人の悲劇が始まった。
特に女性に対してこれから始まる悲劇に対して、集団自決、又 妻、娘への強姦を
恐れ、現地での自決等が起った。
そんな混乱の中で、当然 彼の所属する航空隊でも、徹底抗戦するべき意見がでた。
そして、神州不滅特別攻撃隊が結成された。
