小さな時の思い出の中に、街角で 軍隊服の米兵の姿を見て、ただ何の意味かもわからず
近くによって、精一杯の笑顔を振りまき、手にしたのはチョコレート、、
そんなチョコレートを誇らしげに悪友に配った思い出が有る。
当然、日本が戦争に負け、日本中が食糧難とは理解が出来ず、その日の食料に対しても
ただただ 腹がいっぱいであれば何でもよかった。
そこにアメリカ兵がいることも疑いなく、当然の事のように受け止めた。
そして、安保闘争の時にラジオ、TVから流れる報道にぼんやりと戦争と平和について考えた
そして現在、政治の世界で安保法案、沖縄基地等が話題になり、国民の間にも騒がれ始めた。
今の憲法は戦後、アメリカが中心となって作り、そこには占領者としての考えがあり、
原子爆弾を2度も落下して 完璧に近い形で日本の戦後に民族的な考えを破壊した。
そのアメリカナイズされた考えがあらゆるところに広がり、親子関係、社会関係、個人と他人
などに、堂々と世の中に広がり、あらゆるところに問題が起きてる。
新聞で騒がれるいじめの問題も親子関係、教師との関係など 社会の縮図がそのまま見られる
日本人としての伝統、思考はアメリカから押し付けられた法律により、個人主義、お金などの
拝金主義に走り、また、日本が育てた伝統、親子関係すべてに及んでる。
戦争反対。其のためには反対のための反対を叫ぶだけでいいのだろうか
今こそ、戦後70年を振り返り、当時の日本を囲む外的要因と現在の外的要因の変化
詰まり 世界の情勢は変化してるのが戦後の流れを見れば解るだろう。
其の中で防衛をどのように考えるのか大事である。
押し付けられた法案の中では無く、今の世界の情勢に合わせて考える時が来てる。
防衛は国を守る。防衛は起こりうる全ての要因を分析して考えることである。
自分を守るのは自分である。
其のため、あらゆることを予想して準備するのが政府の責任である。