社員旅行で鬼怒川温泉に行ってきました。

到着、、2時間かけて池袋から鬼怒川温泉へ

 

始まります。  1泊2日の社員旅行

 

鬼怒川温泉駅の前で、、

 

 

果たして、どんな旅行かな

 

 

その前 電車の中では

 

まず、お弁当だ

30品目 バランス弁当?

 

 

開けて見れば

 

 

 

さすが上官が選んだお弁当、、、

 

中島課長が美味しそうに

 

 

しかし、奥様の愛妻お弁当には負けるよ

 

お腹がいっぱいになったら

 

 

 

中島課長が今夜の宴会のお楽しみの内容を発表

 

コシフリ、そして ピンピンとは?

思わず、一同 目がギラギラ

 

そんなやんなで、鬼怒川駅到着

 

まずは東武ワールドスクエアの世界へ

世界の有名な建築物や遺跡など25分の1で再現した世界建築博物館のテーマーワールド

21ヵ国の建物102点の建築が精巧に再現されたパークです。

 

日本、中国、東南アジア、中近東、ヨーロッパ、イギリス、アメリカ

 

紹介の建物が多いですので、2,3日かけての紹介です。

 

どんな建物が出てくるのかな

 

はじまり、始まり はじまり、、、

 

女性陣が見てるのは 東京駅です

人と新幹線が動いてます。

 

さー

皆さん、これは11月1日のアメリカへのテロで飛行機で倒壊した高層ビル

今は何もありません

これはエギプトのアブジンベル大神殿

アスワンダムを作るため、この場所に移設。

上官と息子と15年前に訪れた観光地

上官と一緒に記念写真

ピラミッドも上官と登った記憶が、、、

有名なピサの塔。

息子と母との記念写真

 

次は

これは イギリスで有名な

 

 

後は明日へのお楽しみ

専務が頑張ってるよ

現在、当社で施工中の1000万以上の現場は8軒

来年の予定は5軒とてんやわんやの忙しさ。猫の手を借りたいいそがしさ

 

ありがたいことですね

そんな中、専務が監督の現場の打ち合わせが昨日ありました。

駅前の4階建てのビルのスケルトンリフォームの打ち合せ

解体が終わり、はじめての建築家の先生とお客様と専務の第1回の打ち合わせ。

 

階段を挟んで、右側は現在キッチン、リビング、水回り

左側は事務所として賃貸

 

それを左側は新規に設備関係、特にキッチンはすべてオーダー

右側は広いリビングへと大変身、、

まず、解体がほぼ終わり、現場でお客様と設計の先生と打ち合わせ。

 

現場担当は当然、専務です。

現場の様子を御覧ください。

むき出しになった床、壁、天井

 

床、壁などをすべて

 

これは2階への階段の養生です

 

 

 

これはお風呂のタイルを剥がして壁と床が

既存の防水が心配です

 

女性設計の先生と打ち合わせ

 

天井からは既存の電気配線がダラリーー

 

いよいよお客様とこれからの現場の進む方向と解体した様子を専務が説明

 

 

木造と違いRC の建物はコンクリートでできてるので、床下の状態、配管の状態など

解体して初めて解ることが有ります。

専務がわかりやすく説明してます。

毎日 現場に顔を出して、お客様に報告してますので、大変 お客様には評判がいいですね。。

。それにしても4年の月日の中に成長たくましい我が息子に脱帽します。

 

建築はすべて現場からが基本です。

 

頑張れ 我が息子よ

 

素敵なリフォームが完成しますね。

 

 

明日は楽しみな社員旅行です。

1泊2日の鬼怒川の旅行。

次回に報告します

上官に毎日 最敬礼してます。

上官に毎日最敬礼してます。

2014年11月01日 07時27分08秒?|?日記

    いつの間にか糖尿病の診断。

数値がヘモグロビンA1が7.4、空腹時で糖の数値が190、、、

いずれも基準値を上まってる。

 

食後には医者からもらった薬を飲んでるが 昨今の医者に対する不信感などで

果たして、これでいいのかなどを心配して、ネットで調べると 出るわ出るわ、

これで、糖尿病が治った

 

色々な、サプリメント、健康食など

 

おいで、おいでとて招いている悪徳会社に見えてきた。

糖尿病は糖が体の中でインシュリンが分解できなくて血液のなかに流れだして

様々な病気を發生する事実。

矢張り、糖がお多い食べ物を抑えて、、運動で等を分解する基本を考えて

上官が毎日 病気に合わせて食事を体に合わせて作ってくれます。

 

昨日の夕食は ヘルシーな食べ物が食卓に並んでます。

 

これは何と

こんにゃくステーキです

 

そしてこれは

野菜に牡蠣が入った食べ物

大好きな冬の牡蠣、何でもダメではストレスがたまるので時には大好きな食べ物を

作ってくれます。

 

当然、ご飯、パン類などは口にしません

 

矢張り、糖尿病を治すためには上官の愛が必要です。

だん、だん年を取ると上官の有り難みがわかつてきます。

上官に毎日 最敬礼してる小生です

大変美味しいかった、、、

今日は仕事で四谷に専務と、東福寺とでかけ、ちょうどお昼時

 

当然、大好きなトマト麺の店に案内

 

今日は初めてのセロリ麺を注文

 

 

 

いや、きれいな彩り、 トマトとセロリーとネギなどの健康麺

 

トマトースープと細麺が相性が抜群、、、

 

最高。。。。。。

 

専務はチーズ麺   チーズの塊がドカンと。

 

 

 

エネルギーが湧いてきそう

 

みんな満足して、店の前で記念写真 一枚

 

四五年ぶりの、、、、

今回全面スケルトンリフォームのお客様。

ご夫婦で中華の店を長年経営されて、そして引退に伴うリフォーム

そして、お店が立教大学のそば、当然、お客様も大学関係者が多いです。

小生もなんんと、立教大学卒業。

 

つまり OBです。

そんな関係で今年が大学野球で久し振り、久し振り、ひさしぶり、、、の優勝線

 

明治大学都の試合にもし、勝てば

 

優勝、優勝、、、、、優勝ですぞ

 

 

出かけました、お客様と

神宮外苑へ

 

 

四〇何年ぶりの神宮外苑の野球場

 

立教応援の三塁側は

 

 

白髪交じりのOBでいっぱい

 

向こう側の一塁側明治の応援席は空席が目立ちます。

 

こちらは応援団側の隻はチアガールを交えての大応援

頑張れ、頑張れ 立教、立教、、、

 

お客様と一緒に応援

久し振りの応援団の声に体から血潮が湧いてきます。

 

 

しかし、しかし

 

四七年ぶりに球場での応援しましたが

 

 

あああ、ああああーーーーー、

 

イケブクロでの提灯行列を楽しみにしてましたが

沖縄の長女の孫の七、五、三

昨日は東京の長男の孫の七、五、三でしたが

同じ日に沖縄でも娘の孫の七、五、三が

 

送られてきました。

たくましく育った、まーくん

 

 

五歳の正人ですよ

これ一枚かと思ったら

 

 

沖縄のエイサー。沖縄では幼稚園、小学校などでは必ずエイサーの

踊りを習います。

 

 

するとなんともう一枚が

 

 

たくましくなったね

 

おや、、、なんとあかりちゃんまでも

 

 

横でハイハイしてるのは誰かな

 

 

 

そして、親子で一枚

 

 

七年前、

お父さん、沖縄で暮らしたいんだと行ってきた娘の言葉が昨日のように

思い出されます。

 

幸せに暮らしてる様子に じじ、ばば、も安心してますよ

昨日は七、五、三でした。

昨日は七。五。三でしたね。

 

小生も長女、長男の孫も五歳のお祝い

 

長男は和光の熊野神社で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はお祝いのお昼ごはん。

近くのお寿司屋さんで

 

 

五歳の康太はわんぱくに元気に育ってます。

神主さんがお祝いの言葉の中に

 

「神様に、ここまで育ててくれたお父さん、お母さん、おじいちゃん

おばばちゃんにありがとうを言いましょう。

毎日の挨拶をしましょう」

印象に残る言葉でした。

 

五年の月日の流れは当然、小生と上官の時間の流れです。

五年前には戻れませんですので、お互いに毎日を大切に過ごして

行きましょう。

宜しく、上官殿。

第3回 妻と飛んだ特攻兵

神州不滅特別攻撃隊

隊員は合計11名。

ソビエトの戦車隊に特攻する若者が練習機を改良した飛行機で空に向かって

飛びだったのは終戦後4日後の8月19日であった。

飛行場の周りは取り残された満州開拓団が多数、日の丸を持って彼らの姿を見つめ

ていた。

当然、其の中に妻 朝子がいた。

小さな飛行場は見送りに来る日本人で滑走路の周りはいっぱいである。

遠い満州で、それも 守ってくれる関東軍がいち早く逃げていき、残された満州開拓の

人は、わずか11名で自分達を守るべき特攻隊の飛行兵をどのように見えていたのか

想像出来る。

そして、妻、朝子は飛行機に搭乗したのである。

多数の群衆が彼女の姿に気がついた時は眼の前に飛び去る徹夫の飛行機の後部席

であった。

 

「あっ、女が乗ってるぞ」

眼の前の飛びだつ特攻機の中に女性の姿を見つけた時、群衆は驚いたに違いない。

夫婦にどのような話があったのかは解らないが、故郷 青森から空襲のさなか

危険を侵し、満州の夫の元へ、わずか2ヵ月の新婚生活。

終戦間近の戦局の中で2人でゆっくりは話す時間が無く、ようやく2人で一緒に

永遠に暮らせる世界に共に飛びだったのある。

 

第二回 妻と飛んだ特攻兵

彼と妻の出会いは彼が飛行訓練に行った福岡である。母親の遠い親戚が妻、朝子で、

年は彼より二つ上、当時、徹夫二一歳、妻二三歳。

結婚まもなく、彼に満州への出征命令により、妻を故郷に置いて一人で戦地へ。

昭和二〇年、朝子が本土空襲で日本が危険な中、ただ一人で青森から汽車、船を乗り継いで

挑戦、そして満州へ。当時の彼の上官から徹夫に家族を呼び寄せていいとの許可が出たのである。

ようやく、二人だけの新婚生活が始まったがしかし戦況はますます悪化。

そしてポッダム宣言を受諾。

解体された関東軍、姿が見えない関東軍、。残された満州開拓団。

忍び寄るソビエトの軍隊。

彼らを守る関東軍の姿が見えない中で、多くの日本人の悲劇が始まった。

特に女性に対してこれから始まる悲劇に対して、集団自決、又  妻、娘への強姦を

恐れ、現地での自決等が起った。

 

そんな混乱の中で、当然 彼の所属する航空隊でも、徹底抗戦するべき意見がでた。

そして、神州不滅特別攻撃隊が結成された。

妻と飛んだ特攻兵、、、第一回

最近読んだ本の題名

 

 

 

思わず、手にとった、、、

 

特攻兵が飛行機で体当たり。。。それも妻を同乗して、、

 

読みながら体が震えてきた。

戦争終結の満州で、それも、日本がポッダム宣言を受けて四日後

国境からソビエト軍隊が日ソ平和宣言を破り、戦車先頭に攻め込んできたさなか、

開拓民の日本人を守るべき、関東軍は逃げだした。

残された難民の悲劇はかず多くある。

 

東北出身の谷藤徹夫は故郷青森田辺町で生まれ、当時の若者が憧れた飛行機乗りで

出征。

それも 日本軍が南国島国で、アメリカ相手に敗北を重ね、本土決戦を考えた頃、

満州の関東軍は陸軍でも飛行部隊を持つべき考えで、若い青年を召集した中に

彼がいたのである。

 

 

当時の日本はミッドウエイー海で空母四隻を失い、優秀な飛行兵も海の

藻屑となり、当然、陸などの島々もアメリカ軍の圧倒的な軍力により敗北に

敗北を重ね、多くの兵隊が南の島に土に帰った。

そして、満州では、、、