命ある限り ボーカリスト 六角幸生

           

       六角幸生

昨日の、夜中に目をさまして、何気なく 本棚に目を見たら、1冊の本が

なつかしい顔がこちらを見詰めていました。

「ヤマチャン、元気ですか」 人なつかしい声で、今にも、、、、

深夜、彼との思いでの時間が始まりました。

出会いは、7年前、小生が60の手習いで始めたサックスの個人レッスン。
其の先生が六角さんのコンサートにゲストとして呼ばれたときが彼との始めての出会い。

コンサートホールは六本木で有名なスイートベイジル。各方面の有名な歌手が出演する有名なライブハウスです。食事をしながらライブを聞くことが出来る日本でも有名なライブハウス。

            

年2回の六角さんのライブは300名の定員の広いハウスが満員です。

            

芸能人の人も顔をだしてます。

2階の隅で、歌を聴きながら、お酒の勢いで、「ジロウーガンバレー」
ジロウは私のサックスの先生です。

その声援が余りにも大きく聞こえたのでしょう

「ジロウちゃん、もしかしたら、楽屋で話していた 山口さん」

弾き語りをしながら六角さんの声がライブハウスに聞こえました。

そして、舞台の上から、「山口さん、次郎ちゃんはがんばってるよ、、」

それがかれとの出会いの初めです。

それから彼を応援する事になりましたね。彼の人柄、又、年齢が小生より2歳年上で
現役でがんばってる彼の姿に心を奪われたのかもしれません。

遠くは福島のホテルのコンサートまで上官と一緒に出かけました。

        2年前の彼の本に

「67歳の 僕は まだ生長してる。おかげさまで声がでる。まだ、僕に、歌ってくれと言う人がいる。僕は歌いたい。歌うことが辛く苦しいときもあった。だけれど、やっぱり歌いたい。昨日まで40年間、歌い続けてきた。今日も歌う。明日も歌いたい。
歌うことは僕の命だからだ。やっと今、そう率直にいえる。
僕は命ある限りボーカルリストだ。」

            

彼が胃がんでなくなって2年。

最後に小生と電話で交わした言葉が

  「やまちゃん、、、 もう、歌うことが出来ないよ」

苦しそうな彼の言葉に ただ、ただ  言葉がありませでした。

それから2ヵ月後  天国ヘ旅たちました。

      「六角さん、元気ですか、、私もがんばっますよ、、」

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このごろ、、

このごろは車での移動が少なくなりました。

どうしてかな?

考えれば、車の運転が自信がなくなりましたね。年齢を重ねると、特に体のこと
一番は目の視力が悪くなったことです。現在の視力は右目が0.05、つまり
めがね無しで、検査表の一番大きな文字が見えません。当然、めがねで視力をカバーしてますが、どんどん、、

車を運転しても夕方になると、人影、ネオンの影、車の影が交差して安心して前に進むことが難しくなってます。

その結果、いつの間にか、電車での移動が多くなりました。 いや、最高ですよ
イス席に座って、新聞を目の前に、当然、文字が良く見えないのでめがねをはずして
ゆっくりと、新聞を日差しを浴びながら読むことが出来ます。

いつの間にか、目的地へ到着、、

         これでしょう。

来年は免許の更新ですが メガネをつけて 0.7以上はミリでしょ
前回の更新の時の目の検査では片方は良く見えず、適当に言ったら、検査官が朝からの検査で目がまだ寝てるのでしょうと笑いながら言って合格のサービス。

それから3年、、、

新聞などに老人のブレーキとアクセルの文違いで事故が多くなったとの報道が目に付くようになりました。
この年になって人様に迷惑をかけることは許されません。

    いよいよ、、車の運転からさよならの時間が近づいて来てます。

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ゲンサマとくまモンが一緒に、、

 いつのまにか

    ゲンサマとくまモンが一緒に

    夢の中

               

               

    どんな夢を見てるのかな

さて、日曜日は池袋のサンシャインへ

              

          お目当ては

           

   古代の楽園 そんな言葉に引かれて、オリエント博物館へでしたが

          何と、エジプトのスターカーメンの展示が?

                 

              

来世が幸せにに過ごせるように、神様の使えが魂と死体に永遠の命を与える為の作業をしてます。

いつの世も、人はこの世の苦しみ、幸せを神に命を託し、来世への再生をただただ祈るだけです。

大工魂が、、

先日、紹介した全面スケルトン住宅の解体工事が始まりました。

当社では解体工事は大工が担当。

      エッ?

      

         解体専門の職人ではないの?

   違うんです。

特に、木造住宅での解体は、既存、柱、梁、桁など構造体に関する場所は
専門の大工が解体することで、無駄な場所を解体せず、これからの施行に役たつ場所を
残して、および、新規施行をどのようにしたらいいのかを考えることが出来ます。

    だから、当社では木造住宅は大工が解体します。

     ビフォー

           

            

              

               

            大工の棟梁が解体始めました

           

           

                 

           天井の骨組みを見ながら施行方法を考える棟梁

             

    壁には筋交いが有りませんでした

              

             

     丸太の梁が

            

          お風呂のタイルまで棟梁が解体

            

               

  社長、俺はこの建物を建てた前の大工の気持ちを考えながら解体して、心を込めて
  施行するんだ、、、

     大工魂です。

歌えなかった おっ母さん

 今日の産経新聞の一筆多論になくなった島倉千代子について記事が

何度か舞台での彼女の歌を聞いたことがあります。着物姿で広い舞台にスポットライトを浴びて、拍手とともに姿を現すと、広い舞台が狭く感じました。

そんな彼女が先日なくなり、おまけに其の3日前までレコーデングの仕事をしていたそうです。本当に命を燃やしての人生です。

           歌えなかった「おっ母さん」?

新聞の見出しに、、、、 何だろう。まさか、まさか、、

島倉千代子さんについての記事でした。

彼女の代表作のひとつ「東京だよ、おっ母さん」
老いた母親に故郷を出て久しい娘が東京見物をさせる内容の歌ですが150万枚のヒット曲、彼女の名前を不動にした曲です。

当然、NHKの紅白に選ばれたが   しかし しかし、、、、、、                     
         この歌は歌うことは出来ませんでした。

          ???????????

35回も出場した紅白でこの歌は1回も歌うことは出来ませんでした。
本当に不思議なことです。

考えれば、戦後暫くはアメリカの統治下にあり、アメリカは治安維持と戦争罪悪感を植えつける為、新聞、ラジオ、出版などに規制続けて来ました

その影響で 彼女の「東京だよ、、」の歌詞のある部分が当時のNHK殻見れば放送できないと判断したのでしょうか

歌詞は 1番目では母親を皇居前に連れて行き、記念写真を撮り、2番目の歌詞では
戦争で戦死した兄を思い「やさしかった兄さんが待つ九段「靖国」向かう。

この部分が当時の状況ではNHKでは無理であると判断された。

    35回も紅白に出場して彼女の代表曲  

   「東京だよ おっ母さん」が歌えなかった

今週の日曜日にNHKで彼女の追悼番組が放送されます。

     はたして、はたして、歌は放送されるでしょうか

           

     くまモン大好きじじ

朝から、、

昨日、仕事帰りに 大好きなデパチカを散歩

食べ物があまりない時代に育ったおかげで、デパチカは天国?

あらゆる食べ物が目の前に、匂い、色彩、すべてが食欲をそそります。

「今、デパチカだけど、何か買ってゆく?」上官への電話

たちまち、却下、、、

「2,3日前に買ったおかずがあるのよ」

上官の厳しい返事に、一瞬迷ったが、小さなときに、美味しそうな食べ物家の前で
指をくわえていつまでも眺めていた自分の姿が思い出され 

       今でしょう

上官の声、顔を頭のどこかに追いやって、、、

    これならいいでしょう

      買いました

          

           

そして、朝から ケーキです

            

上官には大好物のモンブラン
そして 小生にはナシの。。。。「名前はわかりません」

とにかく、食べ物は小さなときの体験がいつまでも残っているのですね

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パンダさまを見たよ、、

パンダ、ぱんだ。懐かしい響きの名前。

TVの画面で見たのがなんとなく遠い記憶になっていましたが

     何と、ようやく 

    目の前に   いや遠くに  お姿を  拝見

               

       パンダ様のお住いの前は

              

    いまだに人人

     そして、見ました  お姿が

             

               

           解りますか    

   そして ようやく、 近くに動いてくれ、、、、

            

           

広い、住いの中に、   ドカンンと   姿が

なんとなく TVの可愛い姿と違い、狭い中で アチコチ。。

なんとなく 可愛そうに、、、

    パンダを見るきっかけは 銀行の年一度の業務報告会が上野公園の
    一角にあるホテルで開かれました。

               

               

                 

其の帰り、

         上野動物園の入口が

              

      

なんとなく 眺めていたら、

    「パンダさんが見れるよ、、」子供を連れた母親の声が聞こえたとき

    そうだ パンダに会いに行こう、、

   入口のそばには  おいでおいでのパンダの看板が

           

66歳のおっさんが 一人で 動物園に  

    まわりは 家族連れ、恋人です。

   一人で 見学する人は ほとんどいません

パンダを遠くから見た後は ゴリラ、トラ、象などの住いを見るために 広い動物園内を
アチコチ

             

               

しかし、しかし、、ほとんど 遠くから、または姿が見えませんでした。

それにしても、初めての動物園見学。

いい 経験でした。

       パンダ様 有り難う

             

無事 着工式が終りました。

 お嫁さんの実家を2世帯住宅に

    昨年 ご主人がなくなり、一人で住んでいるお母様を

   心配して、同居を決めた親孝行な娘さん。

   今回は、娘さんのご主人様からの問い合わせで 設計の先生との

   打合せで当社に決定しました。

   大手との競争がありましたが設計と当社への信頼で無事 着工式を
   迎えました。

           

           

    元気でたくましい娘さんのお子さんです。

            

建物の外見は

      

         

             

           

   内部は

              

                

                 

お客様、当社の社員、そして 設計の先生 大工の棟梁が建物の四隅に

    お塩、お酒、お米をまき、地の神様に感謝と無事工事の安全をお祈り

             

              

               

彼らが工事監督、設計、大工の棟梁。

    さてさて、どんな姿に変身するのでしょう

   随時報告しますのでお楽しみに

               

    くまモン大好きな社長より

ここまで進みました

建物の基礎、土台が一部不足で床などが傾斜しての住いを当社の施行技術で
ようやく、建物全体の姿が見えて来ました。

           

             

建物の外壁はすべてコンパネで囲います。

狭い中、大工が体を何とかしながら

           

            

         

大変ですね

今回は狭い敷地の中ですので、明かりを取り入れるため、吹き抜け、ロフト そして
屋上のプラン

屋上の屋根から2階の吹き抜け部分

           

           

お客様も度々現場に来られて、少しずつ出来上がりる我家を眺めながら、屋上で
お孫さんたちと一緒に遊ぶ姿を見るのを楽しみにしてます。

              

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もったいなくて飲めません

 内祝いの文字が

娘夫婦からの贈り物

    箱を開けてみると

        

    何と孫の写真がビンに張られてます。

       そして、1本は

        

    上官の好きな梅酒。

      もう1本は

          

    小生のための麦焼酎です。

  それにしても、開けてビックリの内祝い。

   本当にもったいなくて飲めません。

    有り難うございました

          

     くまモンじじ