吉幾三 全国カラオケ大会決勝に

豊玉音楽教室

自宅から徒歩10分 以前 近くのマッサージ店に顔を出した帰り 偶然見つけ それから長い年月が過ぎましたが たくさんの思い出が出来ました。

教室の前には 素敵なポスターが

そして そして 人生でも記念の

吉幾三 カラオケ大会で 何と 600人ほどの応募者の中から決勝戦に それも10人

小生が選ばれました。 いやあ びっくり

確か がん治療が何とか終わり 真っ黒な世界の中で偶然見つけた 吉さんの歌を全国から募集 小生を元気づけるため 無謀にも応募

確か 正月まもなく 1本の電話が

「 決勝戦に選ばれました」

えっ えっ もしかしたら 怪しい電話と思いましたが 何月何日に六本木にジャズのお店で選考会を開催します。本当かなと 電話先は 彼の芸能事務所と解り 当日 現場におそるおそる出かければ 全国から付き添い含め50名ほどがあふれてました。

入賞はできませんでしたが 吉さんと一緒の記念タイムは いい思い出になりましたね。

確か 吉さんとのお話タイムで 嬉しくて こちらから握手を求め 彼の大きな手としっかり握った時 隣席のマネージャーが慌てた姿を覚えてます。まだ コロナの姿が残ってましたので ひとと人との接触は怖い時代でした そんな中でも臆することなく握手をしてくれた彼の暖かさに 感動しました。

その写真が教室の壁に 嬉しい思い出でですね

 

彼の84歳の誕生日です

彼の住まいが渋谷の近く 渋谷の近くで 上官殿が見つけた日本料理の店 「いまここ」 不思議な名前の店に興味津々でしたが  納得

話が変わりますが 彼とは40年以上のお付き合い どこで知り合ったといえば

彼が新宿2丁目近くで小さなスナッのお店を開いてました。当時 小生は彼の近くで事務所があり 夕方 突然社員数人を連れて飛び込み 最初は怪しいと思われ断ろうと思ったらしいが開店早々でお客がいないので仕方なく席に案内を カウンタ4席 テーブル席2席の小さなスナック 当然 2丁目近くでしたので それなりのお客 有名人の隠れ場として有名なお店でしたね 当時 ママは新宿のその筋の美女コンテストで3位入賞 本当にほれぼれするほどの美女でした

あえて言えばママ一人で営業 そんなママの人柄に惚れて 行きつけのお店となりましたね 確か会社の旅行で伊東温泉に その時 5歳前後の娘 3歳の息子を一緒に連れての旅行 何と小生が酒で酔いつぶれ意識が飛びバッタン ママが娘 息子を風呂に入れ寝かしつけ そのあとほかの宴会場にドレス姿で飛び込みやんやの喝さいを浴びた事あとで知り ママには頭が上がりません そんな思い出が今でも心の中から消えません 二丁目界隈で何十年もお店を続ける信念は最高です。又 年度末 突然 その筋の若い者がしめ縄を売り来た時 ママの一言で彼らがすごすご姿を消したことを覚えてます。 あの時の啖呵の一言 格好良かった。土壇場を生きてきた彼の本性が最高です。

今の小説が刊行したら ママの大波 小波を乗り越えた人生をモデルに小説を書きたいです。

今は引退して渋谷近くの住まいで好きな着物の創作してます。

あれから40年以上の月日が流れ 今日は彼の いや ママの84歳の誕生日 お互いの健康 近況などを確認しての今宵の料理は

びっくり びっくり

いろいろなお店に顔を出してますが

果たして

いやああ  これは 素敵な植物を見ながら贅沢な食事 日本料理は目で見て舌で感じて心で味わうと言いますが

驚かせられました。

焼き8寸

見てください、、、、

松ぼっくり 苔玉から南天が そして小梅が

自然と職人の会話が8寸の料理の世界に美しく咲いてました

 

 

贅沢な日本料理

なかなか口にするには時間がかかりましたが

ママの記念すべき84歳の誕生日は心に残りました、また ママの誕生日に何か頼みますとお願いしたら 同じような8寸の料理に感服 またお店の方々の立ち振る舞いにおもてなしの心が現れてました。 本当に 有難うございました。 小生78歳の人生にとっても心に残る料理有難うございました。

がんサバイバーの笑顔が

5年前に 突然の悪性リンパの診断 それも 最初の病院の治療方針に納得せず セカンドオピニオンで癌研で緊急の手術が終了 それから 一年に一度 病院でその後の検査が続いてます。つまり寛解までは毎年検査しなければなりません。あああ いつまで続くのかなと思わず 愚痴が出ました。

血液検査が終了 今のところ 大丈夫との医者からの言葉をもらい一安心

そして 病院内で見つけたのが ひとと人が抱き合い 微笑んでる写真集のポスターを見つけました。

がんサバイバーの笑顔展が開催

 

がんサバイバーとは がんを経験した人  治療中 治療後 家族とか友人などですが つまり ですがんと診断された瞬間から人生最後まで がんを経験するすべての人々の写真集です

この病院で手術した がん経験者が家族 妻 恋人と一緒に写真を

 

宣告されたとき どんな想いだったでしょう。突然の暗黒の世界に 先が見えぬ世界で悩み 苦しみ どん底から そばにいる人々から愛をもらい 一寸先に希望を見つけ そして笑顔を どれぐらい時間がかかったのでしょうか

そして 笑いが 喜びが

それぞれの写真には

WITH CANCERの文字が その意味は

「がんと診断された人が 病気と共存しながら 自分らしい人生を過ごす人々」です。素晴らしい言葉ですね

素晴らしい笑顔が心を打ちます。

龍神様と絆が

弊社の 絆 と命名された打ち合わせ室です。どれだけのお客様がこの絆に来ていただいたでしょう

確か 東北震災後 お客様の絆をもっと もっと高めるためにこの名前を命名しました。そして 内部は 数々の頂いた表彰状が並べてます。すべて お客様との弊社の絆の表れです。

また 当社の守り神 親子龍神の絵画が

困難を乗り越えて 天空高く 親子で協力する姿を描いてもらいました。

そして こちらは彫刻士に 1年ほどの月日で完成した作品です。これも竜神様の姿です。どうしてか 竜の名前が大好きで 温泉 神社などそれにまつわる名前には心 惹かれます。

いずれも手には如意宝珠の玉です。

あらゆる願いを意のままにかなえる力を持つ黄金な玉です

実は自宅にも龍に関する絵画が5点ほど飾ってます。

龍神様 この頃 騒がしい日本をぜひお守りください

この厚さで びっくりの文芸小説の価格は?

友人から 山口 面白い本があるからと 見せられた この本

GOAT

なんだ この名前?

裏表紙には 純度 100パーセントの面白い小説詰め込んだ

ほんとかよ?

78歳の熟老人様でも読めるのかな

この厚さ持ってもズシリと  ページは500ページ弱

重い 重い

表紙の一ページに

小説を こころの栄養に

なるほど

思わず 名文句に頭を下げました。

 

総勢25名ほどの若手の作家が掲載されてます

 

それにしても 価格は なんと

510円なり 税込み

もらった友人の顔を思い出しながら 最初の作品

ふたえ

なんだこの題名は?

単身赴任なる父―ほとんど自宅に帰らない 定年後の再就職してる_ と 東京で暮らす娘とのやり取りで 面白いのは父が手術するので同意書を母に代わって娘がするため 何年ぶりに父と会うが 父は目をふたえにする手術すると聞いて驚ぎ それが終わると顎と 頬の骨を削る手術に挑戦 それから それからは読んでのお楽しみ

それにしても この値段で 大丈夫かな

若手の女性の小説でしたが つい つい 小生の娘を思い出しました 勉強になりました。   有難う 井上君

どこかで見た顔だな

どこかで見た顔だな?

誰かな?

えっ  えっ  息子の顔だ

 

桜台駅のエスカレーターの降り口に

山口建設の宣伝ポスター掲示が

古い家が見違えるように新築そっくりに

目立ちますね

早速 行きつけの店のの社員から 声をかけれれ

サイン お願いします

今年も靖国神社に

仕事はじめは例年のように靖国神社に参拝

国を守るため 命を奉げた英霊に感謝をするため 仕事 始めに拝殿するため集合してます

拝殿が終了して 記念写真

うれしいですね 御霊の前で感謝の心を持ち 社員一同頭を下げて今年1年を過ごせる事が喜びです

 

夜は 今年初めての飲み会

すべてはお客様の笑顔をがあればこそです

どうぞよろしくお願いしたします

顔を出してくれました。

1月2日 K君 家族が我が家に

お姉ちゃんがヒップトップに夢中に なんと 体全体を使い手、足を動かし 素晴らしいダンスを見せてくれました。すごいね

弟は我が家の影のドン、げん様 相手に動きまわってます。がんばれ まけるな

元気いっぱいな子供の姿におもわず拍手

そして  なんと なんと 抱かれるのが一番大嫌いなげん様がおとなしくカメラ目線で校長の腕の中 いやあ すごいなあ やはり 動物は正直でしたね

K 君家族と一緒に写真をパチリ

来年も子供たちの元気に動きまわってる姿を見せてくださいね

正月に夢物語を

小生の好きなタラバニだ

昔 両親がおかず屋の商いをしておいたおかげで タラバニかにが安く食べられました。そのおかげで 正月は タラバに それも大型のタラバニが正月のテーブルに

全部でおおきな型付き足が12本

孫たちが大喜び

夢中で口の中に

いつの間にか 小生と頭二つに高く

お嫁さんにも

息子夫婦から 小生と妻にもお年玉

有難いですね

早速神棚に捧げます

2026年 1月1日

正月 息子家族と 今年も無事 正月を迎えることが出来ました。

当たり前の月日が送ることが出来る事が一番の幸せです。78歳 78年間 あっという間の月日が過ぎ こうして 正月の元旦に息子家族が孫とともに顔を見せてくれる事がうれしい年代になりました。

後何年 どれだけ 頑張れるかを時々考えます。やはり何年前 突然のがん宣告  まさか まさか 等と信じられず 落ち込んだ時 家族 友人 社員 職人などからの言葉が一番の薬でした。その時 命は必ず終わりがあると考えるようになりました。隔離され2週間ほどの入院でしたが やはり毎日の検査 点滴 薬 そして手術 退院 久々の外の空気 胸いっぱい仕込みましたが 待てよ 待てよ 足元がフラフラ まっすぐ歩けない まさかなど

いつの間にか妻の手を借りて歩いてました。そんな思い出が 時々瞼に浮かんできます。あれから8年ほどの月日が手のひらからこぼれていきました。光陰矢の如しです。

そして 孫たちが見上げるほど大きくなり 嬉しくもあり 悲しくもあり 声を大きく叫んでも体のあちこちが時々 悲鳴を出し 起き上がるのも時間がかかることもたびたび いまや 65歳以上の年代が30パーセント つまり 三人に一人の割合です。大変高い数字です。

健康のため 長生きがいいのか 幸せのため 長生きがいいのかなど難しい問題が起きます。年を取ればとるほど 悩みが こころ 健康 孤独 そしてお金など一人では解決が困難な問題が起きますね。年寄りにも生きることが難しい時代になってます。

果たして 果たして

100歳まで 健康で生きようか

待てよ そんな夢物語は 果たして 果たして