実は、、、

         今、4現場が同時進行

重なるときは重なります。

総勢、10人の大工が動いてます。

又、他の職人も同時に動いてますので、総勢50人が懸命に頑張ってます。

そのうちのひとつの現場は、耐震工事を兼ねたスケルトン工事です。

            
        

           

            

            

これは、外部からの補強方法です。

           

既存の柱の耐震性を高めるため、外部に基礎を作り、新規に柱を既存の柱と
連結します。

つまり、柱を2本立てて建物の耐震性能を高める方法です。

壁と柱の両方の耐震補強の施行ですね。

それにしても、4現場同時進行ですので、頭の中は常にフル回転。
今までの経験で、現在は進んでます。

頑張りますからよろしく御願いいたします。

          入社が決まった時の社員からの一言。

それから3ヵ月。。。。

「付いていけませんので、退職したいです。会社のレベルが高すぎて無理だと思いました」

あの言葉は、何だったのだろう。
言い訳の言葉が続き、、、。

年齢 30代。

面接したときの彼の言葉がうつろに響きます。

部長に後を任せて、仕事にへと。

翌日、部長に結果を聞く。
「無理に引き止めませんでした。彼の仕事の引継ぎはわれわれでいたします。」

何でも、辞める理由は聞かなかったとの事。
入社して3ヵ月で、無理だと判断した彼。
そんな時に、前日TVのドキュメントで、両足のない少女が両手だけで体操選手と
して、生きる姿を放映していた。
当然、両足がありませんので、背の高さが通常の半分、つまり腰の高さが彼女の頭です。

そんな彼女が一般の人と同じように大会へ出場。
そして 4位。

「出来ないとは絶対思ってはだめ、貴方には2本の手で、両足、両手がある人に
負けないぐらいのチヤンスが与えられたと思いなさい。」

そんな彼女の育ての母。
彼女は養子として生後まもなくもらわれてきたのです。養父母も当然、彼女のハンデを
知っての決断です。

それから、普通学校での勉強生活。そんな中での母親からの言葉。

    出来ないと思ってしまえば出来ません。
    出来ないと言う言葉は2度といわないこと。

この言葉を彼に送りたいですね。

耐震工事で100万円の

  

      杉並区では耐震補強工事で100万円の補助

条件が有りますが、100万円。

     大きいですね

そんな工事の様子

           

      指名された建築家の先生の設計に基ずいて

耐震補強材料を使用します。

          

補強材はメーカーによって違いますが、基本は補強材をしっかりと受け材で施行して
上下を土台、梁などで耐震金物で補強しなければなりません。

            

            

   途中、中間検査があります。

           

   そして、最終検査を受けて、補助金がもらえます。

今回の現場は、補強工事と全体リフォームを同時に。

    当然、屋根、壁、壁などは指定された断熱材を使います。

            100万円の補助金    

        すごいですね。

現在、耐震工事を3軒施行してます。

お客様の建物の安全の為には必ず必要な工事です。

             

翌日は、、、、

        小倉といえば  

   色々ありますが

先ずは

         

            

       小倉城です。

駅から徒歩10分

         中には

      

          

このトラは左右どちらの方向から見ても虎の目はじっと正面で睨みつける画像です。
じっとまっすぐ睨みつける虎の目につかまったら足が動きませんね。

上官の前に立った小生の気持ちです。

そして小倉といえばむほう松の一生です

          

又、松本清張の生まれ故郷です。

          

館内の入口近くに壁一面に飾られた彼の全作品

            

彼の書斎

          

             

戦後の激しい時代にペンひとつで生き抜いた野獣のたくましさを感じられます。

小倉を後にして 40年来の友人に会う為に博多へ。。。

     そして

       

博多の夜は

      

           

          

彼の熱唱が博多の夜に響きます。

          

東京のど真ん中で、北と南をふるさとに持つ男同士が出会い、そして40年

お互いに息子が後継者として、会社を継ぐ時代を迎えて、共に歩んだ時間を
遅くまで語らいます。

そして 今日は敬老の日

    おきなわの娘夫婦からは

    

         

          

          

そして両方の孫からは電話で

じじ、いつも有り難う、。。。。

    おもちゃ 買ってね

まあ、嬉しいですね。おもちゃを買ってくれるのがじじ、ばば、の役目ですかね。

    孫の力。

    じじ、ばばの明日への力。

          

         
             

ぶらり、ぶらり、、、

         大正ロマンを感じる門司港

       

      駅構内は懐かしい漢字の案内の文字板が

         

           

     高いタワーの展望階から

     門司と下関の間には大きな海峡が

        

遠くに見える橋の足元は 昔 平家と源氏が戦った壇ノ浦です。
それから、1000年、、、、
まさか、まさか、戦場の跡に、本州と九州を結ぶ、関門トンネルが。

         

           

    ゆったりとした海が 太陽に照らし出されキラ、キラとまぶしく
    目に映りますね。

この建物は門司関税です。

            

    昔の建物、町並みを説明しながら 人力車で約20分

            

高いか安いかわかりませんが、体重 オーバの小生を乗せての坂道などは
大変だったでしょう

            

           

            

            ご苦労様でした。

そして門司で有名な    焼きカレー

            

       オーブンで焼かれたカレーと卵が具の中に乗ってます。

熱々のカレーを口の中で、フウフウーいいながら、そして中から半熟の卵が

   それを混ぜながら食べるのが 焼きカレー

     なんとなく大正時代に戻った気持ちですね

        

         

       

ここは?

  

         門司港駅近くに

       
         

           

汽車の博物館が

      懐かしい汽車、電車が集まってます。

   たくましい汽笛と共に、大地を勇ましく走る雄大な機関車
   黒光りした鋼鉄の車体が日本中にその姿をわれわれに見せてました。

     

            

           

            

              

              

               

小さな頃、銭函という海水浴場が汽車で1時間の所にありました。昔、にしんが大量に
取れた場所がこの海で、その売り上げでお金が当然集まり、にしん御殿と呼ばれる建物が建てられました。其の名前の名残が銭函です。
当然、汽車に乗って、、、途中にトンネルがあります。
「やす、トンネルがもう少しだぞ」
父の声に、慌てて窓を閉めます。顔に当たってた風が無くなり、車内のどんよりした
空気とタバコのにおいが子供の小生の記憶に残ってます。

窓を閉め忘れたところから、行き場のない機関車の煙が車内に広がり、トンネルを
出ると、煙の噴煙の墨が顔のところどころに残ってます。

トンネルに入る前には必ず 窓を閉め無ければならない記憶が残ってます。

そんな機関車を目の前に見ると幼い頃の記憶が思い出されます。

      

九州出張

         息子の研修旅行が九州のTOTO本社で

そこに挨拶兼ねてお邪魔しました。初日には息子と小生のために

ご覧のように幹部の方が集まってくれました。

             

場所は地元の方が集まるすっぽん料理店

すっぽんのから揚げ、生き血、そして

           

今日から息子は3泊4日の研修です。TOTOとのお付き合いが20年。そして
後継者の息子のために、研修をしてくれます。

本当にありがたいことですね。
   

    親子2代でのお付き合いがいよいよ始まります。研修は息子に任せて
    小生は小生で折角の九州ですので久し振りに一人でのんびり。

そして小倉から汽車で1時間ちょっとの 

       門司港

九州と本州を結ぶ玄関口

             

         大正時代に建てられた駅

      

        駅員さんは白の制服で迎えてくれます。

      

             

            

              

いいですね、なんとなくホットします。

門司町全体には大正時代に貿易港として大変にぎわった風情が有ります。
そしてところどころに当時、そのままの建物が町のあちらこちらに見えます。

   これは三井住友の迎賓館

ここにノーベル賞を受賞したアインシタイン博士が日本に来日したとき
泊まった場所です。

            

          

          

             

   当時の様子が

             

               

                 

ポスターで有名な

              

             

   さーてと、駅の周りをゆっくりとぶらりと、、、

          
            

江戸博物館

       両国の江戸博物館で世界遺産の二条城の内部の美術品が
       公開されてます。

   早速

         

     家康が天下を治めたとき、京都に家康の権威を示す為 作った城です。

各、大名との応対、朝廷との対応など、京都の江戸城の役目を果たした城です。

       応対の場所により、内部の襖などは当時有名な狩野派一門が
       描いた作品です。

        

          

         

        

武士、役人、貴族、親戚などとの応対が身分によって使い分けていました。

そして、家康が開城した二条城は、約、280年後に皮肉なことに、幕府が1876年に
諸大名を集めて大政奉還を告げた場所です。

歴史とは永遠には続かないことですね。

さて、今日から3日間はTOTO本社 九州屁の出張ですので、休みます。
          

お食い初めーおくいぞめ

    今日は長男夫婦の2番目の子供のお食い初め
          

   すごいですね。赤のお膳に沢山の食べ物が

そこで調べて見ました。

          お食い初めとは。。

お食い初めの例お食い初め(おくいぞめ)とは、新生児の生後100日目(または110日目、120日目[1])に行われる儀式。

概要 [編集]個人差はあるが、新生児の生後100日頃に乳歯が生え始める。この時期に「一生涯、食べることに困らないように」との願いを込めて食事をする真似をさせる儀式である。

この儀式は、平安時代から行われてきたものである。

江戸時代には、生後120日経つと、飯や魚、5個の餅、吸い物、酒などの膳部(ぜんぶ;膳にのせて供する食物・料理)をそろえて幼児に食べさせる真似をした(『復元 江戸生活図鑑』(笹間良彦著/柏書房 113ページ)。

祝い膳 [編集]伝統的な形の「お食い初め」は、一汁三菜の「祝い膳(いわいぜん)」が用意される。これには鯛など尾頭(おかしら)つきの魚および、赤飯・焚き物・香の物・紅白の餅のほか、吸う力が強くなるようにとの考えから吸い物(汁物)、歯が丈夫になるようにとの考えから歯固め石が供される

    要するに100日近くに子供が将来食べ物に困らないようにと
    お祝いした風習が今でも残ってることですね

習慣、風習を大事にする我家ですので、息子夫婦も。

    ありがたいことですね

   場所は     木曽路

           

目の前に出てきたお祝いのお膳

              

  そして今日の主役は

         

          

      無理やりたべさないでよ。。。

    我慢してね。

           

            

上の長男は我慢が出来なくて手をだします。

           

     そして記念写真

         

         100日が過ぎました。

つまり、100日がたったんですね。早いものです。
われわれ夫婦にとっても100日が過ぎたんですね。

われわれ夫婦、時間を大事に過ごして生きましょう。

今度は沖縄の孫のお祝いが待ってます。

     孫の力で、じじ、ばば、頑張ります。

             

             

          

形が見えて来ました。

       
        2世帯住宅。

もう少しです。今日は息子さんご夫婦と現場で打合せです。
設計ではわからない箇所が、目の前の様子でわかります。

   ロフトの高さなどを確認

     

          

          

   対面キッチンの取り付けが

          

          

    2階への階段が

          

住まいが住む人に新しい命を与えて、明日へのエネルギーとして、皆さん笑顔で
生活する事が小生の生きがいです。