何年ぶりの浅草に

 

久しぶりの浅草ですが

なんとなく世界が変わったと そう言えば まわりの観光客がいわゆる外国からの観光客

わからない言葉 きもの姿 店の前で食べ物

落ち着かない気持ちで 目的のライブに

実は小生のサックスの先生が浅草でライブを

場所に惹かれ早めの浅草観光と思いましたが 引き上げました。時間まで2時間 早速浅草近くの健康ランドで時間を潰そうと思い

目の前に スカイツリーが見えるとのキャッチフレーズに惹かれ ビル屋上の健康ランド

いやあ 本当に9階からのお風呂から手にとるようくもり空にドンントスカイツリーが目の前に

まさかお風呂に入りながらスカイツリーと対面するとは

そんな ことで時間を潰して ライブ会場に

あれから2年が   第8回

無事手術が終了

あとは 取り出した組織を調べて それに合う 抗がん剤を作り出し 抗癌剤治療をすすめるだけである

あああ 一安心  もう少しだ

まもなく いろいろな種類の抗がん剤を点滴で 腕から体内に

その 点滴時間は30分ほど その間はベッドに横になり ただただ、じっと バッグに入った抗がん剤を静脈内に注射針で体内に 特に赤の色の薬剤が気になった、

「山口さん もし この色の点滴剤で具合が悪くなったらブザーを押してくださいね」

やはり 抗がん剤は体に悪いのかな

後で調べると 髪の毛が抜けたり めまいがしたり 特には白血球が少なくなり 具合が悪くなるらしいと聞いているが 割合は半分以上の患者が苦しむらしいが

小生はどうなのか しかし無事症状は出なかった。看護婦さんが 「珍しいですよ 良かったね」

然し やはり少ない小生の頭髪がいつの間にか抜け出て来ました。ほとんど坊さんみたいな頭が鏡の向こうに見えて来ました。

抗がん剤恐るべし

あと 少しの検査が終わり 抗癌剤治療ができる体と判断ができれば退院できる

然し がんの完全回復の治療時間は5年である。その間2年間は年数回 通院して検査をする。

つまり完全にがんと おさらばは小生80歳。

うわあ その時 ガンが又 小生の体に顔を出したら、、

その時は手術はしませんね

サア もう少しで退院です。

然し また また、、、

 

 

あれから2年が  第7回

予定の手術時間に間に合った。

ストレーツチーヤに乗せられて手術室に

いよいよ始まる

部屋の中には医者と看護婦

助手の看護婦さんが 何かあったらこのボタンを押して下さいと言われ青のボタンを渡され

ベッドにうつ伏せに乗せられ 先生から手術時間は30分と説明がありました。

同時に手術の内容を話してくれました。

「背中側のリンパを取り出し組織を調べ 高がん治療に適する組織を取り出します。注射針には部分麻酔がありますので痛みが出たらボタンを押して下さい。」

テキパキ説明に安心しましたね

手術台のそばには看護婦さんが付添で なにかあったら言って下さい

「さあ 始めますよ

医者の言葉で いよいよ始まりました

手術前 撮った写真から 外部の医者と連携で 画像を見ながら協力して 組織の位置を確認しながら すすめる。

人生 始めての手術 チクットと冷たい注射針が皮膚に当たりましたが 画像をを見ながらい胃の後ろ箇所のリンパにあるがん細胞を取り出します。

体内にメスを挿入するので時々痛みが響きます。そのたびごとに先生から「痛みがありますか」の声が

もし痛みがであれば そのたびごと 麻酔薬をはりの先から注入する、

医者の親切な言葉に安心して 不安が飛び 予定時間より10分ほどで短く終了

「 終わりました」

その言葉に 入院してからの日々が思い出出され

これで開放されると思い

ついつい先生に向かって

「先生は世界一の名医です」と叫んでしまいました

手術室の先生方もニッコリしてました。

あとは今日取り出した組織を分析して抗がん剤治療の薬を作るそうです。

あれから二年が  第六回

前夜待ちに待った日が明日だだ

思わず ベッドに入っても なかなか寝ることは出来なッた、たしか手術は翌日午前11時だと聞いていたが、、

検査入院して今日で5日間 ベッドに縛られて話すのは看護婦、つまらないTV そして美味しくない朝昼晩の食事

さあいよいよおサバラだと考えると寝ることは出来ず時計を覗いたら午前1時過ぎ まもなく深夜の見回りの足跡が聞こえて来る さあ早く寝よう、、、

翌日午前8時前 看護婦が手術前の体の検査が始まった。

「山口さん 上半身 脱いで下さい」

「えっ なんだよ」思ったが

上半身脱いだ体をジロジロ見てる  なにかあるのかな

「山口さん 腰の周りに赤い湿疹は}

「あれ なんだろうな 気が付かなかった」

「これは帯状疱疹ですね」

一方的に話しして 「これでは手術は出来ません」

おいおい 何を言ってるのかわからない なんで手術が出来ないのか 説明しろ たちまち小生とのトラブル

えっ君は皮膚科の医者ではないだろう どうしてでたらめなことを言うのか

看護婦と30分ほどのやり取り

それでは担当の先生を呼びますから お待ち下さい そして担当の医者が駆けつけて 入り口近くで小生の赤くなった湿疹を見て「帯状疱疹です 間違いがありません 手術日は出来ません」

一歩的な答えに小生は怒りが頂点に 今日の日のため我慢してきた毎日 ただただ早く退院

「先生は内科専門だろう 皮膚科の先生を呼んでこい」

小生の腱膜に驚きいつの間にか看護婦を残し 姿が消えてしまった、

応援の担当医が消え 残った看護婦相手に喧嘩一歩手前の口調で30分のやり取り「分かりました、もう一度先生をお呼びしますからお待ち下さい」看護婦は消え 一人 病室に残された

待つこと30分 一人病室で悶々としながら 昨日 孫達からの応援メッセイジーを思い出していた。

そして担当医と一緒に姿を表したのは青いガウンをきた医者であった。

「山口さん 見せて下さい」

しばらく小生の赤い湿疹を見ていたが

「大丈夫です 手術は出来ます」

何だ これは それでは今までのことは何なのだ

その瞬間 担当医からも  「手術が出来ます」 あれほど 今日は出来ません 予定日をずらしましょうと延々と小生との討論した医者が

まさか  おそらく手術する医者の判断だったのだろう

後で 思い出すが 納得が行かなかったら 文句を言うべし

このあと いよいよ手術室に

あれから2年が  第5回

六帖ほどの個室部屋

入り口近くにトイレとシャワーが設置。奥にはベットがあります。  TV はベット脇にあり、ベットもリモコンで高さを変えることができる、後々 分かつた事はトイレが一人で使える贅沢のありがたさに感謝しました。

共同部屋ではたった一つのトイレをみんなで使えることしか出来ない不自由とカーテンを挟んでお互いに日々を過ごす息苦しさと お互いに相手を気遣う不自由に神経がくたびれて来ます。

本当にがん保険に感謝ですね 上官殿「ありがとう」三歩下がって最敬礼

部屋の正面には大きな窓があり、正面の高層マンションの順番に夜景の部屋の明かりがつけ始めた時、 部屋に命がある証拠、その照明の明かりを見つけたら嬉しくなり 元気の源をもらった感じになりました。

これから まずは 小生の体の検査があります。

体重、血液検査、血糖値、血圧を起床と同時に看護士さんの前で検査。毎日早朝の詳しい検査には参りました。それと上半身の写真を数枚撮りましたね。これも手術に耐える体力があるのかを調査するためと後で聞きました。また 部屋からの外出には許可が必要です。本当に手足を縛られた動物です。

なんだか誰かがいつも小生の行動を見てる 自由に空を飛んでた鳥が巣箱に入れられ、飛び立つことが出来ない気持ちです。この準備が10日間ほど続きます。

まずは検査からスタート、これを毎日ですので疲れましたね。看護婦とはマスク越しの会話。これにも疲れました。たしか六名ほどの看護婦が朝 晩 そして 深夜まで見回りに来ます。

そして看護婦さんがら渡される薬を毎日 朝晩 彼女等の前で飲みます。 その毎日の検査記録が手術日まで続き、手術OK の体の検査で初めて手術日を迎えます。

当然寝る時刻も決まってます。早く退院することを指折り楽しみにしてました。

さあ 手術日までの検査入院がスタート どんな検査が始まるのか不安ですが 仕方ないか

まずは小生の体の隅々まで検査することが完治の始まりと言われましたが

早く 手術が終わることを指折り楽しみにしてましたが

今思い出しましたが前日の夜 孫たちから温かい応援のメッセイジーと 言葉を胸にその日を迎えました。

ようや手術日の朝を迎えました。本当にこの日をどれだけ待っていたのかな、しかしまさかの出来事がその日に発生しました。

神様、、、お願い お願い

 

あれから二年が  第四回

まず 癌専門の病院でしたので 周りの人、全てがん患者ですのでこの病院に 診断、入院の人ばかりですのである意味仲間意識で思わず一緒に頑張ろうと応援した気持ちがありましたね

診察室で初めて担当医者はと面談した

五〇代前後の女医でした。

テキパキとこちらの様子を聞きながら紹介書と照らし合わせて,以前の病院の女医とあまりにも違うには驚いた。よく医者によって患者の運命が違うと聞いたことがあったが まさにそのとうリ

「山口さん 検査入院を一週間ほどします。二日後に入院して下さい」

突然の一方的指示「先生 孫との予定があるので一〇日後でいいです」

「あなたは自分の命が大事でしょう お孫さんとの面談は中止して下さい」

一方的な話に胸の中は医者はいつも偉そうに言うばかりと怒りが湧いてきた。しかし 以前の病院の経験でトラブルを避けるためその支持に従った。

早速入院手続きに向かう

まず 個室か、共同部屋か 当然金額が違うが役に立ったのが保険である。 保険嫌いの小生で妻はがん保険に入っていたが俺はがんにかからないから保険を解約しろと妻に話をしていたが 妻は解約をしなかった。本当に保険は役に立ち その御蔭で個室に入ることができた。

またその時期 コロナが流行り 入院したら身内と面会ができなず 入院期間 誰とも面会ができなかった。

そしてこの検査入院でやはり患者と医者の治療方法でトラブルが発生。

自分の命を自分で守る 当然であるが そのことを守るのがどんなに難しいか